はじめに
死体検案業務において、死因が内因性の疾患によると推察されるものの、具体的な病名を特定できない、いわゆる「不詳の病死」と称される状況に遭遇することがあります。このような場合、死体検案書における「死因の種類」の記載に関して、一部の実務家の間で誤解が生じている可能性が指摘されています。具体的には、「不詳の病死」の際に、「死因の種類」を「病死及び自然死」としてしまうケースです。
本稿では、このような状況において、死体検案書に記載すべき「死因の種類」は、たとえ内因性のプロセスが疑われる場合であっても、「不詳の死」が正しい分類であることを明確に論じます。この区別は、単なる記載上の細則に留まらず、法的整合性の担保、死因統計の正確性、ひいては公衆衛生への寄与、そして我々専門家の職業的責任に関わる重要な問題です。死因が特定できないという事実を正確に記録することは、未知の疾患の発見や公衆衛生上の課題の特定に繋がる可能性があり、その重要性は計り知れません 。
1. 死体検案書と死因記載の法的・制度的背景
死体検案書の作成と死因の記載は、医師の法的責務と密接に関連しており、その背景には複数の法律や制度が存在します。
1.1. 医師法に基づく医師の責務
医師の死因に関する証明書の交付には、医師法が大きく関わっています。特に重要なのは、医師法第20条であり、医師が自ら検案せずに検案書を交付することを禁じています 。これは、死体検案書が医師の直接的かつ専門的な判断に基づく公的な証明書であることを意味します。
また、死亡診断書と死体検案書の使い分けも重要です。厚生労働省のマニュアルによれば、医師が「自らの診療管理下にある患者が、生前に診療していた傷病に関連して死亡したと認める場合」には「死亡診断書」を交付し、それ以外の場合、例えば診療管理下にない患者の死亡や、生前に診療していた傷病との関連が不明な死亡などの場合には「死体検案書」を交付することとされています 。本稿で扱う「不詳の病死」のケースは、多くの場合、死体検案書が発行される状況に該当します。死体検案書は、生前の診断情報が乏しい状況で作成されることが多いため、死因が「不詳」となる可能性が本質的に高い文書と言えます。
1.2. 死体検案書の構造と記載項目
死体検案書には、死亡者の情報に加え、死亡に関する医学的所見を記載する欄が設けられています。特に重要なのは以下の項目です。
- 「死亡の原因」(I欄及びII欄): I欄には、(ア)直接死因、(イ)直接死因の原因、(ウ)更にその原因、(エ)更にその原因といった、死亡に至った直接的な医学的因果関係を記載します。II欄には、I欄の傷病には直接関連しないものの、その経過に影響を及ぼした傷病名を記載します。
- 「死因の種類」: 死亡の根本的な原因に基づき、例えば「病死及び自然死」、「不慮の外因死」、「自殺」、「他殺」、「不詳の死」などから選択する分類項目です。本稿の核心はこの項目の正しい選択にあります。
これらの記載要領については、厚生労働省の「死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」に詳細な指示があります 。
1.3. 異状死の届出義務
医師法第21条は、医師が死体を検案して「異状」を認めた場合、24時間以内に所轄警察署に届け出る義務を定めています 。死因が不明である場合、たとえ病死が疑われたとしても、多くはこの「異状死」に該当します。
「異状」の解釈は時に主観的になり得ますが、**日本法医学会が作成した「異状死ガイドライン」**は、届け出るべき「異状死」の具体的な範囲を提示しており、実務上の重要な指針となります 。このガイドラインの【5】「死因が明らかでない死亡」には、「その他、死因が不明な場合。病死か外因死か不明の場合」も含まれており、検案によって死因を特定できない状況が「異状」に該当し得ることを示しています。
医師法第20条に基づく検案の結果、死因が特定できず「不詳の死」と判断される場合、それは日本法医学会ガイドラインにおける「異状」に該当し、医師法第21条に基づく警察への届出が必要となる、という一連の流れが存在します。この法的義務と診断上の不確実性との関連性を理解することは、実務において極めて重要です。
2. 「不詳の死」の公式分類と定義
「不詳の死」という用語は、曖昧な表現ではなく、公的な統計分類や法医学的なガイドラインにおいて明確に定義されています。
2.1. 厚生労働省の死因統計における「不詳の死」
厚生労働省が管理する人口動態統計において、「死因の種類」は標準化された分類コードで集計されます。この中で、「12. 不詳の死」という独立したカテゴリが存在します 。これは、「不詳の死」が病死、外因死、自殺、他殺などとは区別されるべき、明確な一分類であることを示しています。厚生労働省の「死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」の様式例においても、「死因の種類」の選択肢として「12 不詳の死」が明記されています 。この公的な分類コードの存在は、「不詳の死」が統計的に追跡されるべき重要な結果であることを意味し、もし「不詳の病死」の事例が誤って「病死・自然死」として集計されれば、真に死因が不明であった事例の規模が過小評価されることになります。これは公衆衛生上の課題の把握を困難にする可能性があります 。
2.2. 日本法医学会「異状死ガイドライン」における関連規定
日本法医学会が策定した「異状死ガイドライン」は、医師法第21条に定める「異状」の判断基準を具体的に示すものです。このガイドラインの**【5】「死因が明らかでない死亡」**の項目が、「不詳の死」と密接に関連します 。
ガイドライン【5】には以下のケースが含まれます。
- (1)死体として発見された場合。
- (2)一見健康に生活していたひとの予期しない急死。
- (4)医療機関への受診歴があっても、その疾病により死亡したとは診断できない場合(最終診療後24時間以内の死亡であっても、診断されている疾病により死亡したとは診断できない場合)。
- (5)その他、死因が不明な場合。病死か外因死か不明の場合。
これらの規定は、死因を特定できない状況、たとえ病死が疑われる場合であっても、それが「異状死」として扱われ、警察への届出や慎重な死因記載が求められることを法医学的観点から裏付けています。特に【5】(4)は、ある程度の生前情報があっても死因が明確にならないケースをカバーしており、「不詳の病死」がこの範疇に含まれることを示唆しています。「不詳の死」は、単なる統計上の分類であると同時に、異状死として警察への届出を要し、場合によっては更なる死因究明(解剖など)の契機となる、二重の役割を担っています。
3. 核心解説:「不詳の病死」の場合、なぜ「死因の種類」は「不詳の死」なのか
死体検案の結果、内因性の疾患が死因であると強く推察されるものの、具体的な病名を特定できない、いわゆる「不詳の病死」の状況において、「死因の種類」を「12. 不詳の死」と記載すべき根拠は、厚生労働省の公式な指針に基づいています。
3.1. 厚生労働省「死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」の指導
この問題に関する最も直接的かつ権威ある指針は、厚生労働省が発行する「死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」に記載されています。このマニュアルは、死体検案書作成の際の具体的な記載方法を定めており、法的な効力を持つものではありませんが、実務上の規範として極めて重要です。
マニュアルでは、検案によっても具体的な傷病名が特定できない場合の取り扱いについて、明確に指示しています。 「死亡の原因」のI欄には、「不詳」、「詳細不明」、「不詳の内因死」(内因性の原因が強く疑われるが特定できない場合)といった記載をすることが示されています 。 そして、最も重要な点として、このような記載をした場合には、「死因の種類」として「12. 不詳の死」を選択するよう指導しています 。福岡県医師会の資料においても、「死体の外表を検査しても「死因」を特定できない場合は,安易に 「心臓死突然死(病死)」 などと診断せず,躊躇なく「不詳」と診断して下さい。」とし、その場合の死体検案書は「「不詳」(12.不詳の死)とする。」と明記されています 。
この指導は、医師が内因性の疾患を強く疑いつつも具体的な病名を特定できない「不詳の病死」という状況と、死体検案書の「死因の種類」を「不詳の死」と正式に分類するという行為の間の、一見矛盾するように見える関係性を解決するものです。つまり、臨床的な推察と、法医学的な証明書の厳密な分類規則は区別されるべきであるという考え方を示しています。
3.2. 論理的帰結:特定できない疾病は「病死」と分類できない
厚生労働省のマニュアルの指導は、論理的にも妥当です。「死因の種類」における「1. 病死及び自然死」という分類は、既知の疾患プロセスや老衰が死因であることを前提としています。もし具体的な疾患が「不詳」であるならば、論理的にその死の「種類」を「病死」と断定することはできません。
「不詳の病死」という表現は、検案医の蓋然性に関する評価(病気らしいが、どの病気かは不明)を記述するものです。対して、「死因の種類」は、確立された事実に基づく確定的な分類です。もし事実が特定の疾患を支持しないのであれば、その分類は不確実性を反映しなければなりません。
3.3. 正しい記載方法の徹底
したがって、「不詳の病死」と判断される状況における正しい記載方法は以下の通りです。
- 「死亡の原因」(I欄(ア)など): 「不詳の内因死」、「詳細不明の病態」、「急性心肺機能停止(死因不詳)」、「不詳」、あるいは更なる検査結果待ちであれば「不詳(検索中)」などと、客観的な事実に基づいて記載します 。
- 「死因の種類」: 「12. 不詳の死」 を選択します 。
厚生労働省のマニュアルは、十分な根拠がないまま安易な診断名(例えば、根本原因が不明なまま終末像としての「心不全」や、証拠不十分な「急性心筋梗塞の疑い」など)を記載することを戒めています 。このことは、一部の医療現場において、「不詳の死」という記載を避け、より「完全な」あるいは「問題の少ない」診断名をつけようとする圧力が存在し得ることを示唆しています。このような背景には、警察による更なる捜査への発展を避けたいという意図や、遺族への配慮、あるいは「不詳の死」という記載が検案の失敗を意味するという誤解があるかもしれません 。しかし、適切な場合に「不詳の死」と記載することは、ガイドラインを遵守する正しい専門的行為です。
「死亡の原因」I欄の記載内容は、「死因の種類」の選択を直接的に規定します。I欄に「不詳」や「詳細不明」といった文言が記載されれば、論理的に「死因の種類」が「病死」のような特定のカテゴリにはなり得ないという、書式記入上の逐次的な論理が存在します。
3.4. 「不詳の病死」という用語の整理
「不詳の病死」という言葉は、議論や内部評価の際に用いられる一般的な表現であり、死体検案書の「死因の種類」欄に直接記載されるべき公式な分類名ではありません。これは、特定の記載選択に至る状況を説明する用語と理解すべきです。
以下に、「不詳の病死」シナリオにおける死体検案書記載例を示します。
状況 (Situation) | 誤解を招きやすい記載(死因の種類) (Potentially Misleading – Type of Death) | 正しい記載(死亡の原因 I欄(ア)) (Correct – Cause of Death, Section I(a)) | 正しい記載(死因の種類) (Correct – Type of Death) | 根拠 (Basis) |
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死体検案の結果、特定の病名は不明だが、状況から内因性の疾患による死亡(病死)が強く疑われる場合 (Postmortem exam: Specific disease name unknown, but death by endogenous illness (disease) strongly suspected from circumstances) | 1. 病死及び自然死 (1. Death by illness and natural death) | 例: 不詳の内因死 (e.g., Unknown endogenous death) <br> 例: 詳細不明の心肺停止 (Cardiopulmonary arrest, details unknown) <br> 例: 不詳 (Unknown) | 12. 不詳の死 (12. Unknown death) | 厚生労働省「死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」。 「死因を特定できない場合は…躊躇なく「不詳」と診断し…「不詳の死」とする」。 |
腐敗等により検索が困難で、積極的な病名は挙げられないが、外因の所見も認められない場合 (Examination difficult due to decomposition etc., no specific disease name can be given, but no findings of external cause are observed) | 1. 病死及び自然死 (1. Death by illness and natural death) | 例: 死因不詳 (Cause of death unknown) <br> 例: 高度腐敗のため死因特定不能 (Cause of death unidentifiable due to advanced decomposition) | 12. 不詳の死 (12. Unknown death) | 同上。安易な診断を避け、客観的事実に基づき記載する原則。 |
なお、「不詳(検索中)」という記載は、剖検や薬毒物検査などの結果待ちである一時的な状態を示すものです 。これらの検査によっても最終的に具体的な死因が特定できなかった場合には、やはり「不詳の死」として確定されることになります。
4. 実務上の影響と関連知識
「不詳の死」という記載は、単に書類上の分類に留まらず、死因究明プロセス、公衆衛生、さらには遺族対応に至るまで、実務上多岐にわたる影響を及ぼします。
4.1. 「不詳の死」と死因究明のプロセス
死体検案の結果「不詳の死」とされた場合、特に異状死として警察に届け出られた後には、さらなる死因究明が必要と判断されることがあります。ここで重要な役割を果たすのが死体解剖保存法です 。この法律に基づき、死因を明らかにするために解剖(行政解剖や承諾解剖など)が行われることがあります。死体解剖保存法第8条には、監察医が「死因の明らかでない死体」について検案または解剖を行うことができると規定されており 、「不詳の死」は必ずしも最終的な結論ではなく、より詳細な調査への入口となり得ます。
監察医制度が施行されている地域では、「不詳の死」とされた事例は監察医の調査対象となり、必要に応じて解剖が実施されます 。このように、「不詳の死」の正確な記録は、適切な死因究明システムの発動に不可欠です。我が国における解剖率の低さはかねてより指摘されており、「死因不明社会」と揶揄されることもあります 。統計上「不詳の死」の割合が高い状態が続くことは、死因究明システムの限界や改善の必要性を示唆している可能性があります。
4.2. 「不詳の外因死」との区別
「死因の種類」において、「12. 不詳の死」は、「11. その他及び不詳の外因」(厚生労働省の分類コード 。日本法医学会異状死ガイドラインでは【1】(4)「不慮の事故、自殺、他殺のいずれであるか死亡に至った原因が不詳の外因死」に相当 )とは明確に区別される必要があります。「不詳の外因死」は、外的な要因が関与したことは確実または強く疑われるものの、その具体的な態様(事故、自殺、他殺のいずれか)が不明な場合を指します。一方、「不詳の死」はより広範で、内因性か外因性かの基本的な区別さえも不明確な場合を含みます 。
4.3. 公衆衛生統計への影響
「不詳の死」の事例を誤って「病死」として分類することは、国の死因統計の正確性を損ないます。これにより、真に死因が特定できなかった事例の実態が隠蔽され、新たな健康問題の出現や、特定の地域・集団における診断能力の課題などが見過ごされる可能性があります 。統計における「死因不詳」の割合が高いことは、公衆衛生上の重要なシグナルとなり得ます 。
4.4. 遺族への説明
「不詳の死」という結果は、遺族にとって受け入れ難いものである可能性があります。専門家としては、死体検案書への正確な記載を遵守するとともに、なぜ死因が「不詳」とならざるを得なかったのか、どのような検査が行われ、何が明らかになり、何が不明であったのかを、誠実かつ丁寧に説明する責任があります 。不確実性を正直に伝えることは、困難ではありますが、専門家としての倫理的責務の一環です。また、「不詳の死」と記載された死亡診断書(死体検案書)が、生命保険金の支払い手続き や相続手続きにおいて、追加の調査や時間を要する可能性についても、念頭に置くべきです。
5. 結論:正確な記載の徹底を
本稿で詳述してきた通り、死体検案において内因性の疾患が疑われるものの具体的な病名が特定できない、いわゆる「不詳の病死」の状況では、死体検案書の「死亡の原因」欄にはその不確実性を反映した記載(例:「不詳の内因死」)をし、「死因の種類」は**「12. 不詳の死」**とすることが、厚生労働省の指針に基づく正しい対応です。
この正確な記載の徹底は、単なる事務手続きの問題ではなく、我が国の死因統計の信頼性、公衆衛生施策の立案、法医学・医学研究の進展、そして何よりも個々の死亡事例に対する誠実な対応という、多岐にわたる重要な意義を持ちます。一部の医療現場に存在するかもしれない、ガイドラインの厳密な遵守をためらわせる「雰囲気」 を超え、エビデンスに基づいた正確な死因記載を実践する文化を醸成することが求められます。
「不詳の死」という記載は、検案医の失敗を示すものではなく、現時点での検査に基づいた客観的な事実の表明です。不確実性を認める勇気と、それを正確に記録する誠実さは、我々専門家が持つべき科学的厳格さの証左と言えるでしょう。死体検案に関わる全ての専門家が、この原則を再認識し、日々の実務において徹底することを強く求めます。